fumi
情景を燻らす散文

25-04-03
 仕事で新幹線に乗った。その車内はどうやらスノボーへ行く人たちで賑わいでいて、一人で乗っている乗客はあまり多くなかったようにおもう。
 ホームから目的の新幹線に乗り込み、席まであるく通路でわたしのまえにいた三人家族が立ち止まり、あとに続いたわたしから後ろの人たちは立ち往生してしまった。そのご家族は(おそらくスノーボードのような)大きな荷物を持っており、手にしたチケットの番号と席とを何度も照らし合わせて確認しているようだった。こういった場合たいていは既に座っている方が間違えていることが多いのだけれど、どちらが違っているのだろうかとそんなことを見守っていた。電車は動き出しているし、とくに急いでもいなかったので先へ進めないことへの苛立ちのようなものはなかったのだけれど、誰もがそうなわけでもなさそうであった。後ろの人を見てみると明らかに苛々としていて不満そうである。
 何度も確認した結果、間違っていないことを確信した三人家族のお父さんは、すっかり腰をおろして楽しそうに座っている方々に「間違っておられませんか?」と尋ねる。まるで自分たちのことと疑いもしなかったその人たちは「あ、俺たちが間違えてたのか?」と笑顔で、間違えていたことすらも楽しそうである。不思議なもので、そんなに楽しそうであると微笑ましくも見えてくる。ようやく後がつかえていることに気づいたお母さんは「すみません、、」と焦りながら空いた席へとお子さんを押し込もうとしたので「大丈夫ですよ、ゆっくりで」とわたし。もう電車には乗っているわけだから何の問題もないとまで言ってあげたい気持ちであったけれど、後ろからの圧を感じていた。
 やっと席に辿り着き、ふうっと荷物をおろしたとき、二つほど前の席で、「じゃあ、あとでね」というような面持ちでしばしの別れを惜しんだ二人がいた。すこし前後した通路側同士の一席ずつしか取れなかったのであろう。振り返ってきてわたしの横の席に座ろうとしたので「席、代わりましょうか」と声をかけてみた。すると物凄く嬉しそうに「いいんですか?!」と言ってくれたので、「もちろん」と二つ前の席と交換して移動した。
 fumiに書いたことがあったが、わたしは以前、幾度も素敵な方々に席を譲っていただいてきた。そのとき大変嬉しく感動したわけだけれど、逆の立場になってみた今も、とても嬉しく心地よかった。喜んでもらえて、豊かになる。当たり前のことを感じられることもまた幸せなことだ、と忘れないうちに書き留めておこうとつらつらとこうして文字を走らせていた。
 熱心に気持ちを文字に書き起こしていると「すみません」と声をかけられた。ぱっと顔をあげると、そこにはまだ小学校の低学年、おそらく2年生か3年生くらいの少年が立っていた。「あ、はい」と、少年を窓側の空席にと、すぐさま立ち上がると、「失礼します」と礼儀正しくわたしの席を通り越していった。なんとしっかりとしているのだ、この少年の親御さんはどちらに?とあたりを見回せどそのような方はおらず。席に着いた少年に目をやると荷物を置いて直ぐに窓の外を眺めて手を振っていた。ホームにはお母さんらしき方が見送っていた。一人でどこかへ向かうのかと胸が熱くなる。凄い、凄いぞ少年、、こんなに幼い頃から自立して一人で行動ができるだなんて。はきはきと緊張した様子もなく堂々たるそのお姿。どうか無事でと見送っていたお母さんに伝えてあげたい。「あなたの息子さんは大変立派です」と。
 外は快晴、今日はいい一日になるな、人生は豊かだ、と余韻と余裕に浸っていた。どれくらい時間が経過したのか。新幹線がとまった。わたしが降りる駅だ!あわてて荷物を持ち上げて、ホームへと走り降りたわたし、まだまだ未熟である。

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